スピーカー設計者 K.前田氏の思い出~スピーカーの再現力とは(3)

●スピーカーは最終段階のチューニングが、再現力の重要な鍵を握っている

 ソニーの高級オーディオ機器を担当する部門が、その当時どのような編成になっていたのか詳しくはわかりませんが、この大型スピーカーシステム開発のときは、チームリーダーが前田さんで、その下にユニット、電気回路(クロスオーバーネットワーク)、キャビネットという分野に分かれ、それぞれに担当者が2、3人いたようです。
 私が試聴に呼ばれたときは、もうすでに各部門の部品は完成の域に近く仕上がっていて、それらをシステムに組み上げて、音楽が聴けるようになっていました。この段階で、いろいろな人の意見を聞いて微修正をして仕上げるのです。
 振動板ユニットは、振動板そのものを変更するというようなことは出来ませんが、磁気回路の微修正などはまだ可能です。また、ネットワーク回路は部品が小さいコンデンサーやコイルが中心ですから、しようと思えばかなりの修正ができます。キャビネットは基本構造の変更はもう出来ませんが、ユニットの取り付け方や、内部に充填する吸音材の量や質の変更、補強材の位置や取り付け具合を修正することができます。さらに、正面に取り付けるサランネットも、つけた時と外した時の音の変化に問題があれば修正することが可能です。
 スピーカーは最終段階で何度も試聴を重ね、細かい部分を入念にチェックすることが、
再現力を十分に発揮できるかどうかの重要な鍵を握っているのです。これをチューニングと呼んでいます。
 スピーカーの再現能力は、個々の部品の性能が優れていることが必要条件ですが、いくら優れた部品も集めて組み上げても、組み上げる段階で不備があれば、いいスピーカーシステムとはなりません。そういう意味から、最終のチューニング段階を担当する前田さんの責任は大きいのです。

●何を基準に仕上げるか

 海外製のハイファイスピーカーは多くの場合、優れた設計者が製品企画を立案し、ほとんど最終的なチューニングまで、その人が責任をもって行ないます。なお、設計者のことを、英語では一般的にデザイナー(designer)といいます。日本でデザイナーというと、外観の装飾などを決める人や、服飾デザイナーなどを指すことが多いのですが、オーディオではアンプもスピーカーも設計者はデザイナーです。
 海外オーディオ製品に個人の名前がつけられたものが多いのは、その設計者がすべての責任をもち、その設計者の音の個性が人気を呼ぶポイントであるためです。JBL(ジェイムズ・B・ランシングもマークレビンソンも、ボーズもジンガリも人名です。しかし、日本では設計者の名前がブランド名になった製品は、大手メーカーの製品には皆無でしょう。
 日本では、その会社のチームが作ったことになって、個人は会社の歯車の1つに過ぎないとされているからです。日本のオーディオ製品は芸術作品である前に工業製品である、という考え方が主流だったという側面もあります。しかし、今後は変わるかもしれません。

 さて、ソニーに限らず、日本のオーディオメーカーは、ある段階まで製品が出来上がると、社内のメンバーに聴いてもらうだけではなく、オーディオ批評家やオーディオ雑誌の編集者に聴かせて意見を求めることが普通です。市場に出た時に、批評家に褒めてもらったり、雑誌に好意的な記事を作ってもらうことは、重要な販売戦略ですからね。
 しかし、オーディオ批評家や専門誌の編集者が必ずしも、いい耳や音に対して繊細な感性をもっているとは限りませんから、この試聴作業は半ば儀式的な要素のほうが強いかもしれません。これはソニーではなく、ある大手の電機メーカーのスピーカー部門の、製作のメンバーは「オーディオ批評家で本当に耳が良くて、参考になる意見を言える人は、2人しかいない」と明言していました(1990年前後の時点の話です)。
 海外製スピーカーの最終チューニング段階は、時にはスタッフの意見も聴くこともあるでしょうが、本来は設計者自らが判断します。その基準は自分の好きな音楽のディスクがどう聞こえるか、ということです。録音をする設計者もいますから、その場合は自分が生の音も、ディスクの音もよく知っているディスクが、チューニングの基準になることも多いのです。

 日本のオーディオメーカーには、ソニーやコロムビア、ビクターのように、傘下にレコードメーカーをもっているメーカーもありました。こういうメーカーの場合は、そのディスクの録音スタッフ、あるいはそれについて情報量が多い人がいますから、その人たちの意見が参考にされることも多かったと思います。
 しかし、日本メーカーがいちばん頼りにするのは、測定器です。これはちょっと誤解を招く言い方かもしれませんが、オーディオ機器は電気製品、工業製品ですから、仕様として公表される測定値を取り扱い説明書などに書かなくてはなりません。そのため、製品開発のいろいろな段階で測定が行なわれ、最終段階では無響質という特殊な部屋での測定数値も必要となります。オーディオファンが知っている項目では、周波数特性、ダイナミックレンジ、SN比などが代表的なものです。この数値が立派になることを目指すことが重要なのです。
 出ている音は素晴らしくても、測定グラフに少しでもマズイところがあれば、それを修正することが最優先されます。それに気づかないと、製品発売後に他メーカーが測定して、そのスピーカーには欠点があると指摘されることもありますから、それをとても嫌がるのです。

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 さて、私が前田さんに要求されたのは、音楽制作者、音楽・オーディオ誌の編集者、そして音楽ファン代表としての意見です。したがって、私はそのころの愛聴盤を何枚か、そして自分が録音制作したアイオロスレーベルのCDを何枚か持っていきました。
 そして、その中でもっとも多く聴いたディスクが、1987年録音のレナード・バーンスタイン指揮、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏による「グスタフ・マーラー作曲:交響曲第4番」でした。このCDの現在の品番は「UCCG-4684」、発売元はユニバーサル ミュージックです。ご覧いただいているジャケット写真は、前田さんと一緒に聴いた、このCDの初発売時のものです。ポリドール発売の日本盤で、品番は「F32G 20256」。ポリドールの名も懐かしいし、型番もグラモフォンの価格がわかる表記ですね。3,200円でした。つい、昨日のように試聴時の記憶は鮮明ですが、もう20年ほど前のことになります。(この稿続く)