スピーカー設計者 K.前田氏の思い出~スピーカーの再現力とは(2)

 ソニーはオランダ、フィリップスと並んで、CDのライセンスメーカーです。オーディオがアナログからデジタルに移行するなかで、ソニーのオーディオ機器も目覚ましい性能向上をみせ、プレーヤーはもちろんアンプの評価も高まっている時期でした。
 スピーカーでは、ソニーは長く独特の平板振動板をもつAPM(ACCURATE PISTON MOTION)と呼ばれるシステムを作っていました。写真をご覧ください。

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 これは1981年に発売の「ESPRIT APM-6 NONITOR」というモデルです。2ウェイのバスレフ型で、ユニットは2つとも平板振動板で、面積は高音用が16平方センチ、低音用が面積502平方センチ。サイズは545(幅)×820(高さ)×375(奥行)ミリ、重量48キログラム、価格は1台50万円。キャビネットもラウンドバッフルという丸みをもたせた立派なものですし、性能も優れているのですが、音楽を聴くと今ひとつ魅力が足りないのです。
 振動板はこうあるべきだ、キャビネットはこうでなければならない、ネットワークの理想はこうだ、と音響学的にも、電気工学的にも技術的側面から追及していった、という印象を受けます。結果的に測定数値からみると大変優秀なのですが、実際に音楽を聴いてみると、何か物足りなさが残る、そういう印象を私は受けました。この傾向はソニーだけではなく、日本製のスピーカーに全般にみられるものです。
 いちばん分かりやすい例でいえば、振動板以外のどこも振動しないのが、よいスピーカーの条件だという考え方があります。たとえば、キャビネットのどこかが振動したのでは、音楽信号によって振動しているユニットの振動を汚してしまうというのです。この考え方を実験で検証しようとして、ダイヤトーンという一世を風靡したスピーカーのメーカーだった三菱電機は、コンクリート製のキャビネットを作ったこともあるのです。
 この振動板以外の振動を排除するという理想を徹底すると、非常に堅固な構造のキャビネットが出来上がります。しかし、それによって素晴らしい音が出るか、というと、必ずしもそうならないのが、スピーカーの難しいところなのです。ちなみに、日本で非常に人気の高いイギリス、タンノイ(TANNOY)は、重厚な家具を思わせるキャビネットをもったモデルがありますが、音楽を鳴らしてキャビネットにそっと触れてみますと、わずかに振動しているのです。
 スピーカー製作はこういう難しさがあるのですが、1982年以降CDが急速に普及し、オーディオがいわゆるデジタル全盛になっていくにつれ、メーカーは研究、試行錯誤を重ね、徐々にノウハウを蓄積し、前回紹介したようにヤマハやビクターが大型スピーカーの開発に乗りだしたのです。

 さて、ソニーの前田さんから連絡があったのは、ある年の9月下旬のころでした。ちょっとユーザー代表として、聴いてほしいスピーカーがる、というのです。それが、ソニーとしてはちょっと珍しい形のものでした。
 キャビネットが2つに分かれた構造の大型フロアタイプで、低音部が2つのウーファーユニットを横に並べた横長の直方体。その上に中高音部と高音部の2つのユニットを縦に取り付けた、小さい四角錐の上部を切りとったような変形のキャビネット。ウーファーはAPMではなく、従来型のコーン型。振動板はパルプ系ですが、詳細は当然ながら明らかにされませんでした。前田さんとの思い出はここから始まります。(この稿続く)