Esotericのリマスターディスク~“いい音”と“マスタリング”の関係(5)

・名演奏、名録音への熱い思いが生んだリマスタリングディスク

 どうしてこうも暑い日が続くのでしょう。北半球の偏西風の蛇行の変化が大きな理由の1つだともいわれていますが、異常気象は日本だけではなく、ロシアの異常熱暑、南米の異常寒波に見られるように地球規模で発生しているようです。
 こんな時には音楽もあまり聴く気になれないという方が多いかもしれません。しかし、水分を十分に補給しながら、部屋を涼しくして、ヘンデルの「水上の音楽」とか「王宮の花火の音楽」などを聴くと爽快な気分になれるかもしれません。ただし、聴き方に1つコツがあります。なるべく“いい音”で聴くことは当然ですが、聴きながら海や川に小さな舟を浮かべている情景や、海岸や河岸で花火を見物している光景を想像し、その場所のイメージと聞こえてくる音を重ね合わせることです。
 この暑いときに何をバカバカしいことを、というなかれ。オーディオで音楽を聴くコツは、聞こえてくる音と自分の体験を重ね合わせて聴くことなのですから。この連載で、“いい音とは何か”についてしばしば言及してきたのは、生でも録音でも“いい音”を聴いた体験のない人は、本当の意味でオーディオで“いい音”を聴くことができない、ということを証明したかったからなのです。少し言い換えますと、オーディオで臨場感のある“いい音”を聴くには、今聞こえている音と“いい音”の体験の記憶を重ね合わせ、比較しながらて聴くという2層構造の聴き方が必要なのです。

 さて、今回ご紹介する、エソテリック(Esoteric)の新たなマスタリングによる「スーパーオーディオCDシリーズ」は、これぞ名演、名録音、と感動して何度もレコードが擦り切れるほど聴いた体験を、何とか現時点の最高レベルの技術で、そのオリジナルの音に肉迫した音の出るディスクにしたい、という熱い思いから生まれたものなのです。
 芸術作品はいつでも、誰かの夢や憧れから始まるものです。CD化されて聴いているこの音は、マスターテープにはもっと“いい音”で収録されているのではないか、それがこの程度の音になっているのは、初期のデジタル録音のシステム、あるいはマスタリングから、ディスク製造にいたる工程に問題があったからではないか。こう思って、過去の名盤をマスタリングからやり直してみたい、と考えた人物は、その当時エソテリックの社長であった、大間知基彰(おおまちもとあき)さんです。

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     上は大間知基彰さん、下はエソテリック・ブランドで発売された最初のセパレートCDシステム「P-1/D-1」

 大間知さんはティアック(TEAC)で長年、高級オーディオ機器の担当をされていました。オープンリールデッキ、カセットデッキから、ティアックが輸入元となっているタンノイ(TANNOY)まで、そしてエソテリック・ブランドで発売された、歴史に残る画期的なセパレートCDプレーヤー「P-1/D-1」(上の写真、1987年発売)から始まる全エソテリック製品は、大間知さんの手を通して企画されたり、製造されたり、輸入されたのです。ハード製品については、今後あらためてとりあげることにして、今回は「スーパーオーディオCDシリーズ」にテーマを絞ります。
 最終的にディスクから引き出される音楽のクオリティは、録音時の出来(品質)がもちろん最重要なのですが、同時に録音以降の工程の精度も大きな要素となっているのではないかと考えたのは、じつに正しいことでした。
 ディスクの音質評価では、録音現場のプロデューサーやエンジニアの力量が重要視されることが多いのですが、ヨーロッパでは同じぐらいの比重でマスタリングエンジニアの腕が問われます。日本でCDに編集やマスタリングの担当者名を表記するようにしたのは、日本コロムビアのデノン(DENON)レーベルが最初です。これは同社が早くから、海外で録音製作をしていたので、ヨーロッパ的発想を熟知していたからです。

 エソテリックの大間知さんが、マスタリングの重要性にいち早く気づいた理由は次の2つが主なものだと思われます。まず、大間知さんはティアック時代から長年、テープレコーダーの開発に携わってきましたから、マスターテープの音を聴くことにかけては、他メーカーの設計者やエンジニアよりも体験が豊富だったこと。
 そしてもう1点は、タンノイのスピーカーを扱っている関係で、海外の音楽に触れる機会が多かったこと、内外のさまざまな規模のホールでの生の演奏の音と、マスターテープの音、出来上がったディスクの音、といういろいろな段階での音を聴く機会に恵まれていたことです。
 このことからわかるのは、大間知さんの“いい音”のリファレンスは、すでに発売されている完成品のディスク、マスターテープ、録音の現場、コンサートホールの音、という具合に何段階もあるということです。本欄2月27日掲載の「なぜクラシック?」で紹介した、有名オーディオライターのように、単純に目の前にあるディスクの音を“神様”と信じることはなかったのです。

 大間知さんは、グラモフォンにしてもデッカにしても、過去の名盤と呼ばれる録音の、マスターテープの音を聴くと、現在流布しているCD盤との違いがかなり大きいと感じました。彼は昨年7月、私のインタビューでこんなふうに語っています。

― もっとも大きな違いは、マスターテープの音には“ストレス”がないんですね。窮屈さがどこにもなく、自然で滑らかなんです。そして、空間に音が浮遊する感じがマスターテープで聴くとじつに鮮明です。
 よく私たちは奥行き感とか、臨場感とかいいますが、そういう言葉では表わしきれない、柔らかくて、芯がしっかりしていて、しかもホールで聴くように、音が空気中にきれいに浮かんでいるのです。十分に説明することは難しいのですが、このマスターテープの音を、限りなく忠実に生かしたCDを現在のわれわれの技術で作りたいと思ったのが、リマスター盤を作ることになったもっとも大きな理由です。―

 しかし、大間知さんの理想を生かしたディスク(SACD/CD)を作るには、新たにマスタリングをしなければなりません。ということは、プライドの高いヨーロッパのメーカーを説得して、オリジナルのマスター音源を入手しなければならないのです。前回までのマスタリングの項でとり上げた、CBS・ソニーやビクターとは違った次元の交渉力が必要なのです。ティアックもエソテリックも相手のレコードメーカーとは系列関係にない、ハードメーカーです。
 その畑違いのハードメーカーがレコードメーカーのマスター音源を借りて、マスタリングをやり直し、新たなディスクを作ろうというのですから、常識的には無理な話なのです。その困難を乗り越えて、エソテリックのリマスター盤SACD/CDは誕生しました。そして、予想以上に好評で、製作と販売は軌道に乗りつつあります。むしろ、一般的なクラシックディスクよりも販売量が多いものすらあります。
 そのラインナップは、エソテリックのホームページの「スーパーオーディオCD」のページに全点掲載されていますので、ぜひご覧ください。アナログディスク3点とスーパーオーディオCD(SACD)15点ですが、残念ながら11点が生産完了となっています。現在入手可能なのは7点のみです。(この項続く)