“いい音”と“マスタリング”の関係(2)

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 ワルター指揮、コロンビア交響楽団のベートーヴェン交響曲第3番のCDですが、知人からプレゼントされたアメリカプレス盤(写真右)を聴くと、日本プレス盤(写真左)の音とは少し違うのです。どちらがいいとか、悪いという次元の違いではありません。どちらも同じ演奏であることは間違いありません。
 音は再生装置の違いや、聴く人の経験、あるいは好みの違いで、印象は変化しますので絶対的な表現で両者の違いを説明するのは難しいのですが、誤解を恐れずにいえば、日本プレスのほうが、より解像度が高く立体的に感じられます。比較をしなければそのまま不満なく聴いて楽しめる、いい音質だと思います。それに対して、アメリカプレスは音楽の流れがより自然で、音の広がり方が日本プレスより柔軟に感じられます。私の好みからいえばアメリカ盤を選びます。
 こういう音の違いに神経を使うのは、重箱の隅を突くような些細なことと思われるかもしれません。どちらの盤も、水準を超える音質でCD化されているのですから、音の違いは気にせず、音楽をじっくり楽しむのが音楽ファンとしては正解でしょう。私もそういう考え方に賛成です。

 しかし、この違いを別な角度から検討すると、興味深いことがわかってきます。それが“いい音”と“マスタリング”の関係につながるのです。
 アナログ録音からCDを作るには、まず残されたアナログテープの信号をデジタル信号に変換してデジタルのマスターテープを作ることから始まります。この工程をデジタルマスタリングといいます。
 この工程は、単純にアナログのテープレコーダーの出力をADコンバーターに入力し、その出力をそのままデジタルレコーダーに入力する、というものではありません。アナログの再生を入念に聴いて、デジタル化された再生を聴いても、アナログ再生と同じイメージであるように、微妙なチューニングが行なわれます。
 アナログからCD化された音を聴くと、薄いベールが1枚はがれたように鮮明になった、あるいはノイズが低減した、定位が良くなった、低音域の再現性が豊かになった、などという評価をされたり、高音域が硬くなった、音の肌合いがギスギスしている、などと批判されたりします。これらの変化を指摘される原因は、マスタリングの出来によります。マスタリングが良ければCDは評価され、逆にマスタリングが不出来だと、従来のアナログの良さが失われてしまうこともあるのです。
 音楽作品を録音するときには、録音関係者はまず最大の努力を払って、いい音で録音します。何度も再生をチェックして、少しでも問題があれば、マイクの位置を修正したり、ホールやスタジオの音響をチューニングしたり、さまざまな工夫をします。そうして出来上がった録音を収めたテープをもとに、ディスクをプレスするためのマスター原盤を作るマスタリングという作業が始まるのです。このマスタリングのクオリティが最終的な音質に大きな影響を与える重要な工程であることは、アナログ録音でもデジタル録音でも同じです。
 CDのブックレットの関係者クレジットを見ると、プロデューサーやレコーディングエンジニアの名前がクレジットされていますが、さらにマスタリングエンジニアの名前もクレジットされていることがあります。日本ではコロムビアの、DENONレーベルのCDが早くからマスタリングエンジニア名を記載していました。

 ワルターのCDはアナログ録音からのデジタル化ですから、デジタル化のための新たなマスタリング作業が行なわれました。そしてご承知のように、オリジナル録音時のプロデューサー、ジョン・マックルーア(John McClure)が自らマスタリングしたということが大きな話題になりました。
 彼の手によって行なわれたCD化のためのマスタリング工程を、ここでは一応、「第1次マスタリング」と呼ぶことにします。CDを作るにはその作業に続いて、CDプレスのためのマスター原盤を作り、プレスのためのスタンパを作るという工程が続きます。この部分を、「第2次マスタリング」と呼ぶことにします。
 日本プレスのワルターのCDは、CBSから送られてきた「デジタルマスターテープ」を受け取るところから始まりますから、第2次マスタリングは日本で行われたことになります。そして、アメリカプレス盤と音が違うとすれば、この第2次マスタリング工程と、プレスの段階で発生した、なんらかの違いに原因があるということになります。

 音楽ファンには一見無関係と思われる、マスタリングと音の関係について面倒なお話をしたのは、このような検討がもとになって、日本で画期的なデジタルマスタリングが行なわれ、アナログ録音の名盤が次々とCD化、SACD化されることにつながっているからです。その日本の目覚しいデジタル・リマスター盤については項をあらためてご紹介します。