なぜクラシック? 

 少し更新が遅れていることをお詫びします。じつは、ブルーレイ・ディスクとDVD2枚組みの作品が4月初旬に発売されるのですが、その製作に追われておりました。その映像作品には私が録音を担当した音楽が使われるのです。もう数日で印刷物などの製作を含めて全作業が終わるのですが、それではあまりに間が空いてしまうと気にしておりました。

 その録音が行なわれたのは、埼玉県秩父市の秩父ミューズパーク音楽堂です。600席の落ち着いた雰囲気のホールです。東京から少し離れていますが、秩父の素晴らしい自然環境の中にあって、音響もいいので録音によく使われます。ここではピアノソロを3度録音しましたが、今度発売されるディスクに使用した音楽は、フルート2本、ホルン、ファゴット1本、ピアノという木管アンサンブルです。詳細はあらためてお知らせします。写真は上からホールの外観、内部客席、演奏中のステージです。

画像

画像

画像


 さて、作業に追われていた2月24日、「S.yam@」さんからのコメントを目にしました。そのコメントにお答えすることで、今日はお許しをいただこうかと思います。S.yam@さんはこう書かれています。
「昔からオーディオを語る時に何時もクラッシックの話をされるのが不思議でした」

 ええ、私もオーディオ関係の専門家と直接お目にかかるようになったとき、多くの人があまり好きでもないクラシック音楽を試聴盤にして記事を書かれているのを不思議に思ったものです。その上、その録音の出来がどの程度のものであるかについてほとんど知ることなく、また作品や演奏者についても、ディスクに付属している解説書か、発売会社の宣伝資料に書かれていることでお茶を濁していることに驚いたものです。
 私はオーディオ批評家とか、オーディオ評論家という言葉が嫌いなので、彼らをあえてライターと呼ぶのですが、ある高名なライターにこんな質問をしたことがあります。
「あなたは、先ほどからこのスピーカーの音は硬いとか、高域にキャラクターがあると言われていますが、この女性歌手は元々少し硬いイメージの声だし、録音もそれを強調したようなところがあります。スピーカーの性能のせいではないように思いますが」
 すると、そのライターは非常に機嫌を悪くされ、こう言い放ちました。
「あんたね、変なことをいうんじゃないよ。われわれはね、ディスクを“神様”として音を判断しているんだ。演奏や録音の出来、不出来なんてことは関係ないんだよ」
 オーディオ界ではまだ新参者であった私はただ驚くしかありませんでした。この方は技術的な分野での知識は豊富だったのですが、クラシック音楽の演奏と録音についてはあまりご存じなかったのです。こういう方は、普段ご自分がよく聴く音楽のCDを再生して、機器の良し悪しを判断されたらいいのに、と思ったものです。
 S.yam@さんは「一般的にみんなそんな良くクラシックって聴くのと… CD販売ではポピュラーミュージックが大半を占めてるのに」とも書かれています。たしかに、私もそう思うこともあります。
 ただポップス作品の場合、音質調整のための加工や編集に凝ったものが多く、またエレキギターのような電気楽器や、さまざな電子楽器が使われることが一般的です。生の楽器の音や、人間の声をそのまま生かすこともありますが、特殊な加工をしてむしろその効果の面白さで聴かせるものも少なくありません。こういう作品を再生して、機器の性能を判断しようとすると、元々の録音がどのように行なわれたがわかりませんから、スピーカーから聞こえる音が、適切なのかどうかを判断するのは難しくなります。

 クラシック音楽の録音は、原則として、その場で聴こえる自然な音が再現されることを理想として録音されます。特別な作品を除けば、電子楽器が使われることもほとんどありません。加工を施さない生の音を音楽やオーディオではよく「アコースティック(acoustic)」といいます。そうです、電気を使わないギターを“アコースティックギター”などと呼びますが、あの“アコースティック”です。オーディオ機器の音を判断するときには、なるべくアコースティックな楽器で演奏され、電気的な加工処理が行なわれていない録音のディスクを再生するほうが、機器の性能を“判断しやすい”のです。
 S.yam@さん、オーディオを語るときにクラシックの話が多くなるのはそういうわけなのです。しかし明治維新以来、ヨーロッパから伝えられたクラシック音楽は、楽しむための音楽であるより、これを聴くことが教養であるとされたり、必要以上に高度な芸術性が強調されることが多いのですね。もっとはっきりいえば、日本の伝統音楽や民謡、歌謡曲などの大衆音楽に比べて“高級”なものと考え、好きでもないのにクラシック音楽を聴いたり話題にしたり、“お勉強”したりしてしまうのです。
 そのような風潮は現在は次第に薄れてきていますが、まだどこかに残り香が漂っています。仏教よりキリスト教のほうがカッコいいと考え、キリスト教徒でもないのに教会で結婚式をしたい人が多いのと似ています。オーディオのライターたちが、好きなら問題ないのですが、無理をしてクラシック音楽をダシにして機器を論ずるのは、そのような事情に似たところがなくもない、というのが四半世紀、この世界に身を置いた私の率直な感想です。こんな笑えない話があります。あるメーカーの試聴会に出席したライターの会話です。

「なんで、ブルックナーなんだよ。こんなの長く聴かされたら眠くなるだけだよ。君はこの音楽わかってるの?」
「なに、いいんだよ、ブルックナーが何でも。たくさん楽器をつかった音楽だからさ、響きが深いとか、浅いとか、いろんな楽器の音色の違いがよく出てるとか出てないとか、そう適当に感じればいいんだよ」
「ブルックナーが何か関係ないなら、別の音楽だっていいじゃないか」

 また、私があるライターと交わした会話も参考までに紹介しましょう。
「あなたはヴァイオリンがお好きなようですが、ヴァイオリン奏者では誰がお気に入りですか?」
「ヴァイオリニスト? そりぁ君、シェリングだろう。彼以外にヴァイオリン弾きと呼べる者がいるかね」
「いや、失礼しました。シェリングが最後に来日したときのコンサートを聴きましたが、場所が上野の文化会館大ホールでした。あそこでソロですからね、ちょっと気の毒でしたね。1988年の3月に亡くなりましたが、69歳。演奏家としては早死にでしたね。あなたは何回ぐらい聴かれましたか?」
「何度も聴いてるさ、レコードとCDで。生では聴いたことないな」

 まあ、何もクラシック音楽だからって、気取ったり自慢したりすることはないのです。自分の気に入ったアコースティックな録音作品で、ちゃんと他人に通じる言葉で、機器の紹介をしてくれれば。