オーディオは奥が深い~“純粋オーディオ音”志向(3)

●無機質な音の再生もオーディオの楽しみのひとつ!

『草食系男子の恋愛学』の著者、森岡正博さんが、拍手の音を真剣に聴く人の姿をみて、音フェティシズムの世界を知ったこと、そして自身もその後、無機質な物体の響きをオーディオ装置で聴く、いわゆる“純粋オーディオ音”に大きな関心と興味を抱いたことから、始まった話の3回目です。
 前回は私はガラスが割れたり、金属がぶつかったりする、無機質な音の再生は、多くの人がオーディオの入口でそのリアルさに驚かされるけれど、じつはあまり難しくない言いました。それをもう少し別な角度から説明したいと思います。
 無機質な音というのは、音の構造が単純だからです。どんな音も、その音の基音となる周波数に、複雑な倍音が重なり合って、その音の姿となっています。しかし、無機質な音は、一般的な音に比べ、その倍音構造が極めて単純なのです。これが、虫の声、鳥の声、さまざまな楽器の音、人の声、そしてそれらが交じり合った音、というように無機質から、いわば有機質成分が増大するにしたがって、その音の構造は複雑になります。
 そして、オーディオは、録音も再生も、その音の構造が複雑になればなるほど、難しくなるのです。床に叩きつけたコップが割れる衝撃的な音がスピーカーから聞こえてくると、そのリアルさに人は驚くのですが、それがどの程度、元の音に近いかは、多くの場合不明です。ただ、何となく自分の記憶の中にある、ガラスの割れる音と比較して、えっ、スピーカーからこんな音が出せるの? と驚いてしまうのです。ガラスの質や割れ方の違いは、まったく意識していないのです。もうひとつ、そんな音をオーディオ機器で出す、という意外性も心理的にリアルさを増幅しています。
 そうそう、もうひとつ例があります。テレビでドラマを見ているときに、玄関のチャイムが鳴ったり、携帯電話のマナーモードのブブブーンなんて音がなるシーンがあると、思わず玄関に行ってしまったり、隣の部屋に置いた携帯電話をとりに行ってしまうことがあります。そんな経験をされたことはありませんか? 要するに、まあまあのレベルのスピーカーとアンプで再生していると、テレビのそんな無機質な音は、実際の音に聞こえてしまうものなのです。
 しかし、虫はまだ単純ですが、鳥、楽器、人の声と音構造が複雑なると、聴く人は何の鳥、何の楽器、誰の声と判断する材料が増えてきますから、その音が元の音に近いかどうかの判定は自ずと厳しくなるのです。
 ですから、いい音のオーディオを目指すとき、無機質な音はあまり参考にはなりません。しかし、多くの男性が、飛行機のコックピットや、精密な機械時計のよう複雑で精巧なメカに目も心も奪われるように、スピーカーから無機質な純粋オーディオ音を出して、他人や自分が感心するのは大いに愛すべき傾向で、私はこの楽しみを否定するものではありません!

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 私は、アメリカのインフィニティの大型スピーカー「IRS ベータ」を使っていましたが、その30センチウーファー左右合計8個による低音再生能力があまりにも高いものですから、時々無闇に低音楽器の音を鳴らしては、なるほど、うん、うん、などと悦に入っていたものです。
 アイルランドのミュージシャン、エンヤのデビューアルバム『Enya/エンヤ』(*)のシンセサイザーの最低音を、少しボリュウムを上げて再生すると、重心の低い深々としたエネルギーのある音が、家の壁を揺らすほどで、じつに気持ちがいいのです。調子に乗って何回も鳴らしていると、2階で勉強をしていた娘が、今地震があった? などと血相を変えて降りてくるのが嬉しくて仕方なかったものです。オーバーにいうと本当に家が揺れますからね、低音は!
(*)1988年発売、現在の品番:WPCR-13298、ワーナーミュージック・ジャパン

 音楽を離れて、単純な音の再生を楽しむこと、それもオーディオにはあっていいのかもしれません。いやオーディオファンにしか味わえない楽しみですよね。ただし、いい音とは何の関係もないことは言うまでもありません。そして、十分に注意しないと、近所迷惑にもなります。
 ついでにいうと、シンセサイザーで作った低音の再生もあまり難しくありません。電気で作った音は、電気仕掛けのオーディオにはお得意さまなのです。再生が難しいのは、アコースティックな低音楽器の音です。オーケストラのチェロとコントラバスによる重量感のある低音や、トロンボーンとホルンのメロディーに、コントラファゴットやチューバが重なった音などの再現はとても難しくなります。