オーディオは奥が深い~“純粋オーディオ音”志向(2)

●無機的純粋音の再生は、じつはそれほど難しくない

『草食系男子の恋愛学』の著者、森岡正博さんのコラムに寄りかかりながら、「純粋オーディオ音」についておしゃべりをしています。今回はその続きです。でも少し私の意見には皮肉が込められているかもしれません。純粋オーディオ音は好きですが、純粋オーディオマニア、そう呼びたくなる人がいるんです、特に業界内のそういう人種は好きになれませんから、ね!

 突然、話題が変わりますが、5.1チャンネルのサラウンド音声というものがあります。DVDやBlu-rayでもお馴染みですね。あれを最高級クラスのアンプとスピーカーを使って再生している人がいます。映画ソフトを家庭の部屋で再生するにしては、ずいぶんと大げさな装置だと、半分はウラヤマシク思いながら、AVライターのベテランにあえて愚問と思いつつ訊いたことがあります。
「そんなに立派な装置を使うと、何がいちばん違いますか?」
 すると、こういう答えが返ってきました。
「例えば、コッポラの『地獄の黙示録』でもね、あのジャングルの夜中のシーンなんか、装置がよくなると、虫の声が実際に部屋の中とは思えない、本当のジャングルの空間のしかるべきところから、ちゃんと聞こえてくると感じられる。そこまでコントロールするにはそれ相応の装置がなくちゃダメなんだ。特に位相管理が難しいんだよ」

 なかなか、もっともらしい意見ですが、私はアマノジャクですからね、虫の声が自然の中で聞こえるように再生するなら、2チャンネルの総額100万円もしない装置でも出せますよ、と腹の中で思いました。
 ステレオとかマルチチャンネルで、よく問題にされるのは、音の移動感だとか、空間での音の正確な定位ですね。音があるべきところから発せられようにリアルに聞こえなくてはいけない、ということです。
 これは、その通りで異論はないのですが、ここから先が少し私の意見は違うのです。音楽の場合なら、それは確かにその通りです。いろいろな種類の楽器が、ちゃんとその楽器らしく再現されて、しかも演奏された時の状態と相似形で定位しなくてはいけません。これが音楽では非常に難しいのです。
 なぜ難しいかというと、たとえば楽器の場合、楽器は種類によって音の出る方向が違いますので、演奏全体の響きを適切な位相で記録することがまず難しい。したがって再生も難しいのです。音の出る方向とは、管楽器を思い出していただけると簡単に分かります。参考のためにブラスバンドの写真をご覧ください。中学生の女性バンドです。

画像


 クラリネットは管がステージと垂直方向にあり、管の開口部はステージの下に向いています。トランペットは管はステージに水平で、ラッパの開口部は正面を向いています。ホルンはラッパが後方に向いています。フルートはステージと水平ですが、管の出口はトランペットと通常90度違っています。チューバはラッパが上を向いています。というわけで、音楽の場合は音がさまざま方向に向って進んでいるのです。しかも楽器によって、音質、音色がずいぶん違います。
 何種類もの楽器の演奏を2チャンネル、もしくは5チャンネルで収録し、2本もしくは5本のスピーカーで、演奏時と同じイメージで再現するのは、とても難しいのです。だからこそ録音に名録音と出来の悪い録音があり、オーディオ機器に優劣が生じるわけです。
 ところが、ガラスの割れる音とか、金属が擦れたり、ぶつかったりするような無機的な音、そして秋の夜長に鳴く虫の声も、オーディオマニアが言うほどには再生は難しくありません。試しにそういう音が入ったCDを探してきて再生してみてください。案外小さなシステムでも、リアルに感じられる再生が出来るはずです。

画像


 もし、そういう音源がない場合は、これは何かと便利なので、ソニーPCMレコーダー「PCM-M10」を、手に入れぜひご自分で何かを録音して、それを再生してみてください。このレコーダーは、デジタル時代ならではの技術によって、そして大容量のメモリーが安くなったことによって実現した画期的なレコーダーです。このタイプの初代機「PCM-D1」も素晴らしい出来でしたが、「PCM-M10」はそれに上回る操作性の良さがあって価格も下がりました。
 形はコンパクトですが、これで最大96kHz/24ビットの、非圧縮リニPCM録音ができるのです。音楽の演奏を録るのは難しいのですが、無機的な音を録ることは比較的簡単なこと、そしてその再生も、それほど難しいものではないことが、はっきりと分かると思います。「PCM-M10」の詳細はソニーのホームページをご覧ください。(http://www.sony.jp/ic-recorder/products/PCM-M10/)

● 純粋音志向が行き着くオーディオ機器へのこだわり

 森岡正博さんの記事に戻ります。オーディオマニアの音への執着は、当然の帰結として、さまざまな音を改善するための道具、電源、機器へと関心が広がっていきます。正岡さんはテープデッキのヘッドの帯磁を消磁する機器までは付き合った(!?)そうですが、CDのディスクに溜まった磁気を消す道具、部屋の磁場をコントロールする機械は試す気にならなかったそうです!
 正岡さんがさらに、オーディオ店やマニアの観察を続けると、アンプには医療用の電源を使うとか、オーディオ装置を置く部屋の電源をその他の電源と別系統にする、さらに大型スピーカーをセットする場所は、床下にコンクリートに分厚い基礎を打ち込んで、その上にセットする、などという本欄の読者なら何度も聞いたことのある“マニアのこだわり”に接して、次のように言っています。

― オーディオの世界はかくも奥深い。いろんな機材を装備しすぎて、訳のわからない音になって悩んでいるマニアもいるくらいである。―
 思わずニヤニヤされているマニアの方もいらっしゃるのではないでしょうか、いや失礼。失礼のお詫びに、私が知っている例をお聞かせしましょう。もう時効ですからね。

●AC電源の極性

 あるオーディオ批評家(先年亡くなられました)と呼ばれる人が、その頃、AC電源の極性について凝っておられました。今では、AC電源のホットとコールドは一般の人にもよく理解されています。壁のコンセントを見れば入口の長さが違いますね。左の長い方がコールド、右の短い方がホットです。さらに正確に調べるには検電ドライバーを使う方法もあります。
 そのAC電源の極性と音質がまだあまり問題にされていなかったころの話なのですが、その先生と呼ばれる批評家の家に、あるメーカーの人が3人ほど新製品のアンプをもって訪問しました。今でも行なわれているオーディオ界の儀式で、メーカーは何人かの先生のお宅で新製品を聴いていただいて、ご意見を伺うわけです。貴重な意見をもらう場合もあれば、どうでもいいような話しか出ないこともあるのですが、その先生は、こんなことを言われたのです。

― あんたたちね、機械の出来について論ずる前に、まず電源に関心をもたなくてはいけないよ。見ていると適当にセットしているようだけれど、君、そのアンプの電源コードね、1度抜いて向きを変えて差しなおしてちょだい。それから、もう一度頭からレコードを回して ―

 3人のうちのリーダーが恐縮して部下の手許をみていると、部下は何と、はい承知しました、といって1度抜いて、先生に気づかれないように、また同じ方向に差したのです。何と大胆なことをするのか、とリーダーは肝を冷やしましたが、先生は、ちょっと真剣な顔をして音を聴き、こう言われたのです。

― あなたたちもすぐに気づいたろうが、どうです。これほど音が違うじゃないですか。靄がかかったような精彩のない音が、サーッと晴れて見通しがよくなった。音が生き生きとしてきたろう。電源の極性について、もっと研究したまえ。―

 このリーダーは、この時以来、この先生を信用しなくなった、と述懐しておられました。その方もメーカーを10年ほど前に退職されました。でも、前回お話した井上卓也さん流にいえば、電源ケーブルを同じ方向ではあっても、1度抜いて差しなおせば、前回とは音は変化するはずです。極性の違いほど劇的ではありませんが、オーディオの音は、ある意味で、2度と同じ音がしないものだ、ともいえますからね。しかし、これはある程度、耳の感度がよくないと、わからな程度の微妙な音の違いの話です。

●耳の感度

 ついでに、もうひとつ、これはまだ時効じゃないかもしれませんが、名前が特定されないように注意して書きます!
 あるオーディオのライター、この方はもうかなり年配で、若いときからなぜか威張った態度と物言いで知られています。先生と呼ばなくては叱られそうですが、親しくなると○○さん、と呼ぶとにっこりする無邪気さもあります。
 ある時、某雑誌社の試聴室で、先生がスピーカーのテストをしていました。何、テストといっても、自分がもってきたCDを鳴らして、椅子にふんぞり返って聴いているだけなのですが。その時、私の知り合いの若いライターが、その試聴室に入りました。すると彼は、少し青い顔して、隣にいる編集者と顔を見合わせました。
 音が変なのです。ああ、何かテストしているのだな、と思っていたら、しばらく音を聴いていた先生は、
「おお、次の時間はあんたが聴くのか。若いけれど君は文章も洒落ていて見所がある。真面目にやれば成功するよ、頑張ってな。それから、編集君、このスピーカー、なかなかいいよ。値段の割りにいい音をしてる。原稿はうまいこと書いておくから安心しなさい。締め切りだって、誰かさんと違って俺はきっちり守るからね、アハハハ。じゃあな」
 というようなことを言って立ち去ってしまったのです。知り合いのライターと編集者は、開いた口がしばらく閉じませんでした。えっ? 何が変だったかってお訊ねですか。簡単なことです。その先生、スピーカーの結線が1台、+、-を間違ってつながれていて、位相が狂っていたことに、最後までまったく気づかなかったのです。
 そういうこともあるのです。よく聴いたこともないちょっと複雑な編成の音楽を聴くと、部屋の音響条件によっては、一瞬位相の違いに気づかないこともあります。しかし、普通レベルよりほんの少し高い感度があれば、ほどなく気づくはずなのですが…。

●加齢による聴力の低下、だからこそ、オーディオを生涯の友に

 人間の聴力自体が年齢とともに衰えてくることも確かです。正岡さんはちょっとそれが気になって、耳鼻科で調べてもらったそうです。すると、普通の人は加齢とともに高い音が聞こえにくくなるのですが、正岡さんは逆に低い音の聞こえ方が悪くなり始めているといわれたそうです。そして、こう言っています。

― 私の場合、いくらオーディオで良い音を鳴らしたとしても、低音域はクリアーに聞こえていないことになる。オーディオをいくら洗練させても、身体の壁は越えられないというのは残酷な話だ。
 耳が遠くなる前に、たくさん良い音を聴いておきたいと思う。そして、オーディオ装置はなるべくシンプルで、耳と懐に負担をかけないものを、一生涯の友としたいものである。―


 そですね。みなさん、私たちも一生涯の友としてオーディオを大切にしましょう。私はそう思う人のさまたげをしているような、オーディオ界の習慣や、俗説を排除するために、これからもいろいろな体験談を述べていきたいと思います。(この稿続く)