スピーカー設計者 K.前田氏の思い出~スピーカーの再現力とは(1)

 オーディオ機器選びで最初に決めたいのは、スピーカーです。何といってもシステム全体の中で、最終段に位置して、音を出す機器ですからね。音を出すというのは変な言い方です。正しくいえば、振動板で空気を振るわせて聴く人に、電気信号を音として知覚させる役目を受けもつ機器ということですが、 面倒くさいので、単に音を出す機器と呼ぶことにしましょう。
 オーディオ機器を選ぶ苦労は“スピーカーに始まってスピーカーに終わる”というぐらいスピーカーは重要です。オーディオとは何であるか、一言で説明せよといわれたら、私は迷うことなく「いいスピーカーに出会い、それを納得のいく音が出るように工夫を重ねることである」と答えるでしょう。それほど、スピーカーは魅力的で、しかも厄介な道具なのです。

 そこで、今日はみなさんに私の思い出話を聞いていただこうと思います。それは、ソニーがハイファイオーディオで、毎年新製品を何機種も発売するという、元気いっぱいだったころのことです。1989~91年ごろですね。91年をすぎて日本経済の不動産バブルが弾け、次第に経済状態が悪化し、オーディオも低迷期に入っていくことになります。
 ちょうどその頃、ソニーは大型スピーカーを作るプロジェクトがスタートし、そのチームリーダーが前田さんという方でした。じつはこの頃同時に、ヤマハやビクターも大型スピーカーに取り組んでいました。製品として発売されたのは、ヤマハが「GF-1」、ビクターが「SX-1000LABO」でした。ご記憶の方もいらっしゃるでしょう。

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 写真は少し古くて鮮明ではありませんが、これがヤマハの「GF-1」です。ヤマハとしてはずいぶん思い切った製品です。マルチアンプドライブ・4ウェイ・4スピーカー。各ユニット専用のアンプが組み込まれた、いわゆるアクティブタイプの超大型です。
 4つのユニットは低域が30センチコーン型、中低域が27センチコーン型、中域が8.8センチドーム型、高域が3.0センチドーム型 。再生周波数帯域は25Hz~35kHz(-5dB)。
 キャビネットはさすがヤマハ、アメリカン・ハードメープル材のがっちりした構造で、惚れ惚れする出来の良さです。仕上げはサペリ仕上げとウォールナット仕上げの2種があり、価格は発売時セットで前者が7,000,000円、後者が5,000,000円と、これも超豪華(!)でした。サイズは710(幅)×1400(高さ)×630(奥行)ミリ、重量は1台150kg。

 一方、ビクターは3ウェイ・3スピーカーのフロア型の「SX-1000LABO」で、この頃では少なくなった密閉型(ヤマハはバスレフ型)。「GF-1」に比べると、現実的な大きさと価格で、私の当時の編集部でも何年間かリファレンス・スピーカーとして使いました。アクティブタイプではなく、アンプは組み込まれていません。

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 ユニットは低域が31.5センチコーン型、中域が8センチドーム型、高域が3センチドーム型。 周波数特性周波数特性 25Hz~80kHzとかなりの広帯域。サイズは550(幅)×926(高さ)×370(奥行)ミリmm、重量は1台82kg。

 敗戦後40余年、日本のオーディオ界もついに、このような大型スピーカーを作れるようになったのだ、と感激したものです。この頃、アンプやプレーヤーの分野では、日本製品の実力はかなり欧米でも認められるようになっていましたが、大型スピーカーではやはり海外製品の本格派に一日の長があることを認めないわけにはいかなかったのです。
 そんな事情の中でこの頃、自分たちの手で、決定打となる大型システムを何とか完成させたいという意欲が、日本のメーカー各社に出てきたのですね。ソニーも当然、そう考えていました。さて、どんなスピーカーを作ろうとしていたのでしょう。しかし、その作品はついに完成せず、市場には出ませんでしたので、幻の製品に終わってしまいました。
 今ではその製品の存在も、プロジェクトリーダーの名前を知る人も、ほとんどないかもしれません。私は偶然のチャンスから、そのスピーカー製作のある部分を知ることができ、そのリーダーと親しく接することができました。その私の思い出を掘り返して、みなさんにお話することは、スピーカーを知る上で、いささかの参考になると思って、今回少し書いてみようという気になったのです。(この稿続く)