「生の音を追体験できる音」がオーディオの“いい音”

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 写真のスピーカーは、自分で気に入って買った最初の本格的スピーカー、ダイヤトーンの「DS-505」です。1980年発売の密閉型4ウェイ、1台42キログラム、ペアで38万円でした。当時はまだ消費税がありませんでした。秋葉原の馴染の店で少し安くしてもらった記憶があります。ちゃんと鳴らすにはずいぶん苦労しましたが、このスピーカーを日本一いい音で鳴らしているのは自分だ、と腹の中で思うほど熱中して付き合いました。30年も昔のことですが、つい昨日のことのように懐かしく思い出されます。また、デジタル時代前夜の熱気を孕んで、日本のオーディオ界が元気溌剌としていたころでもあります。

 さて、2月9日掲載の第6回で、私にとってオーディオの“いい音”のイメージは「生(なま)の音を追体験できる音」と書きました。今日はそこから始めます。
“追体験”などという怪しげな言葉を使ったのは、オーディオの音は“生の音”とは違うからです。これはごく当たり前の事実だと思うのですが、今でも時々“原音再生”なんていう言葉を目や耳にしますから、オーディオ界のどこかには、“生の音”をそのまま再現することがオーディオの理想であるという考え方が、まだ生き残っているようです。
 しかし、少し考えれば分かることですが、たとえば楽器は形も大きさも、音を出す方式も、そして素材もさまざまです。それに対してオーディオで音を出す「スピーカー」は、その大きさがどうあれ、ユニットの素材や発音方式がどうあれ、あらゆる種類の楽器の音を同じ1組のスピーカーで出すのです。
 もう少し具体的にいえば、スピーカーの発音原理は、何らかの素材によって作られた振動板を、それがつながった磁気回路に電気信号を加えて動かし、その振動板の動きが空気を振動させて、人間の耳に音として感じられるものに変えるというものです。この機能からスピーカーのことを英語では“transducer(変換機)”と呼びます。
 振動板は同一の素材によって、ピアノから弦楽器、管楽器、打楽器、人の声などさまざまな音を出しますが、これは考えてみればじつに不思議なことです。なぜこんなことが出来るのでしょう? 私たちはスピーカーの働きに、もっともっと驚かなくてはなりません。 ところがスピーカーはオーディオ機器だけではなく、電話やラジオからテレビにまで幅広く生活の場で使われている、生まれたときから身近にある道具ですから、ついついその働きの神秘さに鈍感になってしまっているのですね。そうです、技術が発展し過ぎると、人は驚きを感じなくなってしまうんです。朝から晩まで、ゲーム機、ケータイ電話、テレビなどと、その働きの不思議さに驚くことなく付き合っている幼いこどもたちを見るにつけ、これが文明を衰退させる誘引になりはしないか、と少し心配になります。
 ここで写真をご覧いただきましょう。

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 これはごく普通のコンサートで使われるニューヨーク・スタンウェイのグランドピアノです。全長約2.5メートル、鍵盤は88鍵、鋼鉄製のフレームに張られたピアノ線の張力は総計20トンにもなります。このピアノ線の構造が細い単線から、太い巻き線まで一様ではありません。そして演奏者が鍵盤を叩くと、その力でフェルトのハンマーが下から弦を打って音を出すのです。
 写真でピアノの構造を見ただけでも、この物体から生み出される音が、どんなに複雑なものであるかが分かろうというものです。この音とまったく同じ音をスピーカーが出せるはずがないことは誰の目にも明らかです。
 しかし、スピーカーはピアノに比べると、面白みのない単なる小さな箱に過ぎませんが、本物のピアノと感じられる音を出すことができるのです。しかも、同じピアノでも演奏者が違ったり、弾き方が違うと音は変化しますが、その違いさえ聴き取れる正確さでピアノの音を、いや演奏されているピアノと同じ音に聞こえる音を出すことができるのです。
 あまりに当たり前すぎて誰も今では驚きませんが、これは宇宙の誕生と同じくらいに神秘的なことではないでしょうか? スピーカーからの音を聴くたびに、ただ驚くしかない不思議に満ちていると感じます。あまり使いたくない言葉でいえば、感動的なのであります。
 ここで一度整理をします。オーディオの音は、元の音(生の音)と同じでものではありえません。しかし、元の音と同じだと思える音を出すことができるのです。「生の音が追体験できる音」とはそういう意味です。数学の初歩で“合同”と“相似”を教えられますが、オーディオの音は、生の音と“合同”ではないが“相似”の音は出せるのです。そして結論です。生の音を追体験できる音がオーディオの“いい音”なのです。

 こんな基本的なあまり面白くもない話をしたのは、これからいろいろなオーディオ機器とりあげる時に、しっかりとした“判断基準”を読者と共有したかったからです。私の基準は、高校時代の音楽教師、吉岡巌先生の導きで、たくさんの生の音楽とオーディオの音を体験することによって出来上がりました。その“いい音”というイメージに合わせてオーディオと付き合えば、案外すんなりといろいろなことが分かってくるのです。
“生の音”は、専門家の優れた演奏であることが理想で、それをたくさん聴き込むことが音楽的感性を磨くことになりますが、単にオーディオの音が、いいか悪いかを判断するだけなら、何の音でもかまいません。その音を注意深く聴き、それを録音した音と比較して違いを知ることができればいいのです。たくさんの音を注意深く聴く訓練をしておけば、必ずしも同じ音の録音の再生音と比較しなくても、ある再生音がいいか悪いかの判断はできるようになります。
 判断基準を支えるいちばん重要なポイントの1つは、再生されたオーディオの音が、自然(ナチュラル)な感じで生の音のイメージと合致しているかどうか、つまり適切に生の音を追体験できるかどうかです。オーディオの音に不自然さがないかどうか、ということが最重要ポイントだといっていいでしょう。
 では、“自然であること”について少し考えてみましょう。ここに1枚の写真があります。これは私が撮った東京の神代植物公園バラ園のピンクのバラですが、上の写真を本物にもっとも近いものです。それに対して下の写真のバラはまったく同じものですが、解像度と色相を少し変えてあります。

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 上の写真では生のバラ(本物)を正しく、つまり自然に思い浮かべる(追体験)ことができますが、下の写真は生のバラのイメージを正しく表現していません(不自然)。オーディオではこれに似た現象がよく起きます。
 写真における色相の違いは、オーディオでは位相や周波数特性の不正確さで生ずることが多く、解像度の不適切はオーディオでも解像度という言葉を使いますが、ユニットの性能の悪さが原因であったり、高音帯域ユニットと中低音帯域ユニットのエネルギーバランスが不適切なために起こることが多いのです。