オーディオの“いい音”って何?(3) ~ガルネリ・メメント

 今日のテーマは前回に続いて、オーディオの“いい音”についてなのですが、本題に入る前に今日を代表するスピーカーを1点ご紹介しましょう。写真をご覧ください。音楽好きのオーディオファンなら誰もがきっと“いつか自分の部屋に置けたら”と憧れる、ソナス・ファベール(Sonus faber)の2ウェイ機「ガルネリ・メメント(Guarneri memento)」です。

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 ソナス・ファベールは1980年、イタリア北部のヴィチェンツァ(Vicenza)に設立された、オーディオ界では比較的新しいメーカーです。同時期の1981年にはアメリカでウィルソンオーディオが誕生しています。20世紀後半から21世紀初頭を代表するヨーロッパとアメリカの非常に優れたスピーカーメーカーは、それぞれ天才的スピーカー設計者によって、奇しくも時を同じくして会社を立ち上げていたのですね。ソナス・ファベールのフランコ・セルブリンは歯科医、ウィルソンオーディオのディヴィット・ウィルソンが医療機器メーカーのエンジニアだった、という点も何やら共通点があります。この2社の詳細については、今後しばしば登場するメーカーですので、その都度ご紹介することにします。
 今日は“いい音”とは何かを考える際にとても参考になる理想的製品の1つとして、「ガルネリ・メメント」をご紹介しておきたかったのです。じつは、このスピーカーは1993年6月に発表された「ガルネリ・オマージュ(Guarneri Homage)」の後継機として生まれました。
 創業者のフランコ・セルブリンは、イタリア北西部の都市クレモナ(Cremona)が生んだ、ストラディヴァリやガルネリ、アマティといった、17、18世紀の弦楽器製作者たちを深く敬愛していて、彼らに捧げる作品として「ガルネリ・オマージュ」を作ったのです。ですから正確にいえば、私は初代機の「ガルネリ」に驚嘆したのでした。
 ユニットの構成はトゥイーターとウーファーが1つずつの2ウェイというシンプルなブックシェルフですが、キャビネットの形状が直方体ではなく、楽器のリュートに似た形をしているのが大きな特徴です。正面から背面にかけて緩やかにすぼまっていく形で、真上から見ると涙が落ちる時の形に似ているので“涙滴型”などともいいます。落下する水滴の瞬間をとらえれば、みな同じ形になるのですが、涙に代表させるところが泣かせますね。ここで、フランコ・セルブリン(Franco Serblin)の創業間もない頃の写真をご覧いただきましょう。

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 さて「ガルネリ・オマージュ」は1993年の秋には日本でも発売され、その美しい姿と伸びやかな音、しなやかな再現力に私はすっかり魅せられてしまいました。大きさからいえばよくある小型キャビネットの2ウェイ機に過ぎないのですが、専用スタンドにセットすると、大型スピーカーに負けないくらいの豊かな再現性を発揮します。しかも、小型機の特徴である、音が開放的で広がり感が爽やかという雰囲気もありますが、響きが濃厚でしかもしっとりとしている、というと言語矛盾に陥ったメチャクチャな音みたいですが、分かるひとには分かっていただけると思います。まあ、その辺はおいおい詳しくということで、今日のところはお許しください。
 ところで1993年といえば、オーディオ界にはデジタル・オーディオ技術がすっかり溶け込み、早くも成熟期を迎えようとしていました。デジタルの広い再生帯域や大きなダイナミックレンジ、圧倒的なSN比に対応したスピーカーづくりも、そろそろ目新しい手法がなくなりつつあるように思えました。
 デジタル時代とはいっても、スピーカーを駆動する電力信号はアナログですし、音を出す原理は何らかの振動板を動かして空気を振動させるという絶対的アナログ(!?)です。そもそもスピーカーはオーディオ機器の中では、もっともデジタルに縁が薄いジャンルの機器なのです。
 そういう事情からいえば1990年代前半は、JBL、アルテック、クオード、タンノイなどを初めとする、世界の名だたる老舗メーカーが、スピーカーづくりでは、もう何もかにもやり尽くしたのではないか、残された手法はそれらの延長線上でバリエーションを展開するしかないのでは、などと思う人も増えつつある時期だったのです。それだからこそ「ガルネリ・オマージュ」の登場は、“ああ、まだこういう方法もあったのだな”と鮮烈な驚きと熱烈な賞賛の声で迎えられたのです。写真はその初代ガルネリ、「ガルネリ・オマージュ」です。

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 この製品がその後新たな改善を加えられ、「ガルネリ・メメント(Guarneri Memento)」と名づけられ後継機として登場したというわけです。「メメント」には偉大な弦楽器職人バルトロメーオ・ジュゼッペ・ガルネリ(デル・ジェズとして知られています)に対する忘れえぬ敬愛と同時に、彼の死後250年を記念してクレモナ市の「ヴァイオリンの部屋」に献呈された初代機「ガルネリ・オマージュ」の忘れられない思いもこめられています。
 音楽と楽器への限りなく深い愛が、卓抜なオーディオ技術と伝統の木工技術によってスピーカーという形に結実した、このような製品こそ、真の音楽を愛する人のためのオーディオ機器といっていいのではないでしょうか。このレベルの製品になると、価格や大きさはもうあまり関係がなくなってしまいますね。買えたらこれ以上の喜びはありませんが、なに買えなくたって一向にかまわないのです。こういう製品が、無機的な機械という物体を、音楽を奏でる機器としてのオーディオの、留まることのない性能向上に貢献するのですから。

・ガルネリ・メメント(Guarneri Memento)
外形寸法:210(W)×380(H)[スタンドを含むと1,230(H)]×390(D)
重量:42.5kg(スタンド含む)
ソナス・ファベールの製品詳細は:株式会社ノア
http://www.noahcorporation.com/sonusfaber/index.html