オーディオと“ざわざわ”! 今年最後のご挨拶

 今年も押しつまりました。月末から次の月初に変わる、毎月繰り返していることなのですが、やはり1年の区切り感は格別です。子どものころは、文字通り「もういくつ寝るとお正月」と指折り数えて新年を待ったものです。
 この1年、あれこれ思いつくままにお話してきましたが、予想以上に多くの方々にご愛読いただき感謝に堪えません。今日は1年の締めくくりに、いつも以上に勝手なことを書こうかと思っています!

 11月から12月にかけて、哲学者にして『草食系男子の恋愛学』の著者、森岡正博さんの、音とオーディオに関するエッセイに寄りかかって、音の話を重ねてきました。「オーディオ機器は音楽を聴く道具である」という、憲法第9条みたいな堅苦しい話から少し外れて、ガラスの割れるような無機質の音も、あるいは無意味なほどの重低音も、オーディオで聴いて楽しいものである、そんなことを縷々書いてきました。

 そして、森岡さんですが、その後につづくエッセイで、またまた興味深いことを書かれています。友人を訪ねたあるとき、お茶を飲んでいると、手乗り文鳥がカゴから飛び出て、森岡さんの肩に止まって、少し首をかしげて耳のそばで「チュルチュル」と鳴いたのだそうです。その文鳥の鳴き声を聴いて森岡さんはこう言います。

― まさに耳元で発せられたその生音のすばらしさ、美しさに、私は息を呑んだ。無数の周波数がそのひと鳴きのなかに濃密なコスモスとなって共鳴しているように感じられた。こんな透き通った音がこの世にはあるのか、という驚きを感じた。― 

 まあ、たしかにそういうことを感じることもあります。しかし、中には鳥ではなく恋人の甘い囁きが耳元で発せられたら、そのほうがずっと濃密で、この世のものとは思えない美しい音だと感じる、そういう方もきっといらっしゃるでしょう! そうですよね、あのちょっと湿った感じの女性の囁きは……!!
 そして、『草食系男子の恋愛学』の著者の耳は、鳥の囁きを聴いて以来、少しずつ変化し始めました。早朝の山道を散歩していると、一群の野鳥が背後から鋭く鳴き交わしながら、頭上を通り過ぎてはるか前方に飛び去っていくのですが、

― それはちょうど、この世のものとも思えない音色に楽器を奏でる無数の天使たちが、輪になって踊りながら、私の頭上を飛行していったように感じられた。私はしばし呆然と道に立ちつくしてしまったのだ。―

 そして、その後もさまざまな自然の音に心を揺すぶられ、たとえば、小雨が止んだ四万十川の流れを囲む緑の木々や、鬱蒼(うっそう)と生い茂った草むらから、何とも表現しがたい「ざわざわ」とした音が聞こえるようになるのです。あたり一面、目に見えない生き物の気配で満たされた「ざわざわ」とした音の気配、それこそが「豊かな自然」というものの本体なのだと、心の底から気づかされた、と森岡さんはいいます。

 一見、オーディオには関係のない話のようですが、じつは関係があるのですね。オーディオで“いい音”を長年追及して、無機質な音から、壮麗な響きの美しい音楽まで、さまざまな音を聴いてくると、スピーカーから漂うのは音だけではなく、“ざわざわ”とした霊気のようなものも感じられるようになるのです。そういう気配が感じられるようになれば、そのオーディオ装置は完全に、もはやあなたの分身となっている、といっていいでしょう。
 森岡さんが自然の中で体験したと同じことが、オーディオでも感じられるのです。弦楽器の楽音が、弓と弦がこすれ合った音と融合して聴こえるとき、あるいは楽器の胴の中の空間が感じられるように聴こえるとき、その音は、もはや単なるオーディオの再生音ではなく、音楽そのものであり、同時に自然が発する響きそのものなのです。

 そういう“ざわざわ”と感じられるような音を出せるように、機器を磨き、自分の感受性を磨くことが、オーディオの醍醐味だと思います。しかし、その境地になれば、オーディオの機器はもはや、巨大なホーンシステムでも、小さなラジカセでも、耳に取りつけるヘッドフォンでも変わりありません。
 私が親しく付きあったオーディオ関係者では、岡俊雄さんが、死の床で、ヘッドフォンを聴きながら彼岸に旅立ちました。音楽はモーツァルトのピアノソナタだったそうです。
 また、あれほど優れたオーディオ装置にこだわった、『西方の音』の著者、五味康祐さんも、最晩年はヘッドフォンで音楽を聴き「これでいいんだよな、この音はすべてを表しているよ」というようなことを言っていた、と小説家の安岡章太郎さんは書いています。

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●ドイツのアバンギャルド(Avantgarde)の超絶ホーンシステム。広大な開口部ホーン面積をもつ3ホーンで構成されたフラッグシップモデル『avantgarde trio Ω G2』に、『basshorn G2』 6台を組み合わせた、最高峰というほかはない『trio + 6 basshorn』。価格は優に1000万円を超える。こういうシステムを置ける部屋と、軍資金があれば……。

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●ヘッドフォンの実力を見直さなくてはいけないと思っています。これはオーディオテクニカのインナーイヤーヘッドホン「ATH-CKS90」。「デュアルチャンバーメカニズム」による新製品で、価格は税込み12,600円。低域表現を飛躍的に向上させています。2010年グッドデザイン賞受賞。

 現在これ以上はないという見事な能力をもった、巨大ホーンシステムと、最小のオーディオ機器ヘッドフォンを並べてみました。このどれもが、真剣につきあえば、やがて背筋に“ざわざわ”と感じられるような音を聴かせてくれるのです。
 では、みなさん、来年もまたオーディオをしっかりと楽しみましょう。
 よいお年をお迎えください。
 そしてぜひ、新年最初の私のページにお立ち寄りください。

 オーディオ案内人・船木文宏 funaki@sn-factory.jp